2017年5月14日日曜日

最近について


こんにちは、士林翻訳サービス主任翻訳者の林です。

ここでシェアしようかと思ったことがいくつかあるのですが、
どれをシェアして良くて、どれを自分の中に留めておくほうが
いいか見当がつきかねています。



まあ、一番大事なことから書きますか…

運命の人に出会ったかもしれない。

話は2016年、去年まで遡りますが、私は
10月終わりぐらいから某都内の交流スペースをよく訪れて
いました。自分は自他ともに
認めるいわゆる「メンヘラ」(こういうサイトも作った)
で、自分のメンタルの弱さを受け入れてくれる場所として
ここを見つけたわけです。

一日千円で午後ずーっといられるということでコスパ最高、
女の子とも話せたりするし(男子と話すのも面白いけど)。

ここの仕組みとして、行くたびにスタンプがたまっていく
わけなんですが、
ある日、管理人のゾノさんから、「スタンプたまったから一日
看板スタッフできますよ」と言われて11月18日にそれが
行われることになった。

僕は相方にバードさん(男性)というスタッフを選んだ。

11月18日。僕はお店が開く前に入店してバードさんと「男性一対一の話」
をしてスペースが開くのを待った。

時間は午後3時ぐらいだったか。別の日で知り合った男性女性が
顔を出してくれた。

自分はその日、結構自分なりにおしゃれをしていたので

人が来てくれたのは良かった。

午後4時になった頃と思う。ピンポンと言う鐘がなったので、
看板スタッフの仕事として迎えに行こうと体勢を直そうとして…

…現れたのが。何?とんでもない美人。平たい表現ですまないが、
化粧もパーフェクトでなんかとてもハイセンスな服を着ている。

「なに、あなたはなにかのスチュワーデスかなにかなの!?!?」と完全に

動転した僕。

彼女は言った「ひろこです。漢字で子供がたくさん生まれるという意味
があります」。

…この人を捕まえなければ。自分は名刺二枚(士林翻訳サービスと
株式会社ツイトラ)
を彼女に渡して、「士林翻訳サービスは父の『興林歯科』を踏襲して
つけたもの。父は林興富、僕は林士斌なので。法人の方はとりあえず
色んな人とつながるためにやってる」

そして、その次に起こったことは、人生完全未体験ゾーンだった。

今振り返ると彼女にいわゆるVRと言うものを見せられたようだ。

VRの三次元動画だから言葉にするのは難しい。

ひろこさんは三次元の波形をみて私を読み取り、そして涙を流した(女性は
こういうことができる) 。

僕も涙を流した。「この名刺二枚に虚偽は一個もありません。だから」

彼女の手をつかんだ。これはルール違反だったようだ。

しばらく横にさせられていたと思う。

その間、ひろ子さんは連れの人達とゲームをやってたようだ。
一瞬目があったような気がする。

そのまま、タクシーを呼ばされて帰った。

2016年11月18日の出来事をメモをほとんど見ないでここまで書けるぐらいだから
どれくらいインパクトがあった皆さんもわかると思う。

その後ひろこさんとは年末年始の台湾滞在まで、この交流スペースで
主に(ボードゲーマーの)バードさんの日に何度か会い、
僕の方も「pixivのアカウント持ってないから、
検索じゃ(あなたのことを)見つけられないみたい…」と彼女に告白した。

最後には彼女は「ゆっくりね…」そして少し遅れて「時間がかかる…」
と言った。あんまり待ちたくなかった私は、「年末年始台湾行ってきますけど、
なんか欲しいものあります?」

彼女は声を出さずに「ううん(特にない)」と。

言わせたかった、と言うか思わせたかったのだー「欲しいのはあなた」と。

台湾に行っていたが、ちゃんと帰ってきた。帰りのフライトを一本ミスしたが。

日本に戻ってすぐ、(2017年1月12日あたり)このスペースに行った。
3日ぐらい連続で行き、その後彼女が現れないこともあって、
翻訳などもやっていたと思う。翻訳者/家が翻訳をやめてはいけない。

ある日、荻窪のコメダ珈琲が混んでるなと思って別のコメダ珈琲
を検索したら大久保の方に一軒ある。こっちに行ってみようと思い
電車で向かった。着いてお腹が空いていたのでカレーを食べたいなと
思い、ちょうどよく「なか卯」がカレーをやっていたので、
「なか卯」に入った。

そうしたら…いた、彼女が。

僕を見た彼女は、すたすたと店を出ていった。僕はその時反応
できなかった。店の幹部らしき人が終始「ありえないものを見た」
という呆然とした表情だったのを見て、あれはひろこさんだったんだ
とあとで脳内で巻き戻して確認したのだ。

そして次の日あたりだったか。少し前に見ていたく感動した
「君の名は」をもう一度見ることにした。が途中まで見て
(勝手に)気がついた。このストーリーの展開で行くなら、
自分は東京にいちゃダメだ。

30分経たずに映画館の暗がりを出て、新宿に行き、
箱根湯本までの特急券を買った。自分でも何故か分からないが
一秒も無駄にせず行動した。そっから京都の四条、奈良を経て
関西国際空港に行った。ここから東京に戻ることも出来た。
が、そうしなかった。そうすれば良かったのかも知れないが、
パスポートを持たずに国内線に乗れるという明確な知識が
その時点でなかったのだ(国内線に乗ったことがなかった)。

僕はひろ子さんがやったVRが青色発光ダイオードの
中村修二先生(ノーベル賞)の偉業によるものと知っていたので、
お礼参りと思い、その場の判断で徳島へのバスに乗った。
一時間弱ほど関西国際空港のバス停で待って、乗り込む。

その時に、信じないかも知れないが隣に座っていたのが中村修二先生だった!

間違いないと思う、最後に僕が「悟りコイン」(物理ビットコイン)
をボケットから出したら、中村先生は青く光る帽子をかぶって
バスを降りていった。言葉は交わさなかったが、彼は僕のことを
「自分の技術による最初の犠牲者」と思い、苦悩の表情を見せて
いたように見える。実際、ひろ子さんと出会った後、台湾での出会い
も含めて全てのお付き合いの話を断ってしまっている。台湾行きの
飛行機などで父親が娘を連れてきたケースもあったがすでに
ひろ子さんに出会っていたぼくは取り合わなかった。
そういうこともあって、「あいつに、誰かがあれを使ったぞ」
というのが中村修二先生にも伝わったのだろう。

徳島についた。結論から言うとこの土地は合わなかった。
ここの人達は負けん気が強過ぎる。
ただ、エアビーアンドビーのホストはいい人で、この人が経営するお店で
タイ古式マッサージも受けた。

後半は徳島の人達と口も聞きたくなくなってしまい、
下関に行くフェリーで、部屋でオシッコをして(それを受けるものなく)
そのまま寝てしまった。本当に誰とも口を利きたくなかったのだ。

下関に着いてタクシーで最寄りのJR駅に向かった。そこから博多へ。

とりあえずエアビーアンドビーで借りた場所へ向かう。
「天神」「薬院」というエリア。
ちなみに四国も九州も今回初めてで、
「天神」がどんな場所か見当もついていなかった。

ムゲンという集合住宅団地の808号室だった。ここでこれまで
食べたものを戻す吐き気がでて、「ウエーッ」と全部吐き出した。
2年近く前から母のいない私がその時に考えていたのは
ひろ子さんのことだった。ユニットバスの中で、
「ひろ子!」「ひろ子!」と叫んでいた。

天神ではほとんど観光らしいことはしなかった。珈琲店での
カレーやサラダが美味しかったぐらい。冒険せず、
東京に戻るつもりだったのだが…

博多ラーメンを作ったが、自分で食べなかった。母に供えた。

そうしてベランダから本当に美しい、色彩の芸術とも言うべき

日没を見て、

「あー…お母さんが太陽に帰っていく…」

原始女性は太陽であったと言う。母は太陽に帰っていったのだ。

(注:もちろん家族で葬式はやっている。でも妹の旦那の家の宗教である
日蓮正宗のやり方でやったので、少なくとも自分的には
しっくり来ていなかった)

夜になり、まだ数日あるがもう帰ろうと思いツイキャスをやった。
終わった頃バーチャルなお茶の差し入れが一杯出た。

見てる人がいたらしい。

そうして、もう残すことはない、東京に戻ろう!と思ったのだが…

なんと、出る時にiPhone7をなくした!これは痛恨の一事で、これさえなければ、
2月のバレンタインにひろ子さんと交流スペースで再会できただろう。

なんとか博多駅までたどり着いたが、2017/2/6のその日の博多駅は寒くてたまらない。
皆受験に向かっているようだ。

自分は、なんとコインロッカーに入ってしまった。そうして言い始めたー

「プロの翻訳家だが、今日はただにする、なんか聞け…!」

何人かが覗きに来たが質問はしなかった。当たり前だ、
自分はテレビに出てるような有名人ではない。
しかし、もう後戻りできない。「法律家はいくらだ!」
とか「トランプの時代になったら人が死ぬのに何勉強してるんだ、
飲み会いけ」とか言いたい放題。

警察が来てロッカーを開けた。自分は覚悟を決めた。

自分はまず、警察の白手袋をひょいと引きぬいた。
そうして財布から1000円札を四枚出した。そして「コカ・コーラゼロ」
のペットボトルを開き、お札四枚にぶっかけて「それはただの紙になった」と
つぶやいた。ビットコイン翻訳者としての最後の大舞台、悔いはなかった。

そのまま警察に連れて行かれた。

そこでも、自分の言葉はとまらなかったが、メインの筋に関係ないので、
このあたりは端折る。

結局、急性期病棟に医療保護入院となり(多分心神喪失ということだろう)、
4月19日まで福岡の南区の病院に入っていた。ちなみに僕は統合失調症の
診断を受けたことがあるので、今回もそれだった。
自分は病名を疑っており、躁鬱病ではないかと思っているが、
一度付いた診断名はおいそれとは覆らない。

そして今東京で翻訳を再開しているのだが、一番心が苦しいのは、
例の交流スペースに行っても一向にひろ子さんに会えないこと。

毎日行っているわけでないが、3月からほぼ来ておらず、
多分4月から色々忙しくなっていることは想像に難くない。

はっきり行って僕はひろ子さんと一緒になりたい。ひろ子さんも
自分のやったことに責任を取って欲しい笑(半分冗談ですが、
半分以上本気です)

というわけで近況はこんな感じです。ちなみに最近
悟りコイン関係の英訳をやって、あとビットコイン系メディアでも
一連の記事の訳出を終えたばかり。

明日か明後日は新規の所の登録テストをやれとせっつかれてるので。
まあやります。


士林翻訳サービス 林